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岡山地方裁判所 昭和57年(わ)264号 判決

主文

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、韓国人であつて外国人登録証明書の交付を受けているものであるが、昭和五六年一〇月二七日、神奈川県川崎市川崎区鋼管通二丁目三番七号川崎市川崎区役所田島支所において、当時の居住地を所轄する川崎区長に対して外国人登録証明書の再交付を申請するに際し、外国人登録原票及び外国人登録証明書に指紋の押なつをしなかつたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は、包括して、昭和五七年法律第七五号外国人登録法の一部を改正する法律附則七項により同法による改正前の外国人登録法一八条一項八号、一四条一項(七条一項)に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金一万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを全部被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一憲法一三条、市民的及び政治的権利に関する国際規約七条に違反するとの主張について

1  弁護人の主張

外国人登録法(以下「外登法」という。)一四条は外国人の指紋押なつ義務を定めているが、外国人に指紋を押なつさせることは、指紋と犯罪捜査との歴史的な結びつきを考えれば外国人を犯罪者扱いするものであり、その精神的苦痛は大きく、また、国が指紋という個人の情報を一方的に管理するものであつてプライバシーの権利を侵害するものであり、それはなんら合理的理由を有せず、かつ、立法当初においても現在においても必要性を持たないものである。指紋押なつ制度採用の真の目的は、在日韓国人・朝鮮人に対する治安対策にあるのであつて、指紋押なつ制度は憲法一三条に違反し、また、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約B規約」という。)七条にも違反する。

2  当裁判所の判断

(一) 指紋が万人不同、終生不変という特性を有することから、指紋が個人にとつて極めて価値の高いものであり、秘匿性の強いものであつて、みだりに採取されないものであることは弁護人主張のとおりであり、国はその取扱いについて慎重を期し、個人の指紋をとられない自由については最大限の尊重をすべきである。また、その意に反して国から指紋の押なつを強制された場合に、国籍、人種等のいかんを問わずその者において不快感、屈辱感ひいては不安感を抱き、更には、国から監視されているという精神的苦痛を持つであろうことも十分に理解することができる。したがつて、国が正当な理由なく個人に指紋の押なつ義務を課しこれを強制することは、憲法一三条の趣旨に違反し、許されないものというべきである。

(二) しかし、指紋は前記のように万人不同、終生不変という特性を持つがゆえに、国がこれを採取して使用することがやむを得ないと認められる場合には、指紋の押なつ義務を課しこれを強制しても、憲法一三条の趣旨には違反しないというべきである。被疑者からその特定等のために指紋を採取することができるものとされているのは、その一例である。

結局、問題は、国が本邦に一年以上在留し又は在留する予定の一四歳以上(本件当時)の外国人に対しその指紋の押なつ義務を課し、これを採取、使用することがやむを得ないものと認められるかどうかであるが、これを判断する前提として、国は、我が国にいかなる外国人が在留するかを特定し、各種行政上の施策を実行する等のためその身分関係や居住関係等を正確に把握し、更に、ある在留外国人が当該特定を受けた外国人と同一人物であるか否かその同一人性を審査、確認し、もつて公共の福祉のために外国人の公正な管理を行うとともにひいて不法入国者等を発見、除去すべき責務と権能を有するというべきである。外登法は、この責務を遂行するために(一条)、まず、一定期間を超えて我が国に在留する外国人については身分関係事項等一定の事項を正確に外国人登録原票(以下「登録原票」という。)に登録するものとし(三条、四条)、次いで、右登録事項が事実に合つているかどうかを定期的に確認し(一一条)、そして、右いずれの際にも外国人に顔写真の提出を求め、更に、そのうちの一年以上の長期在留者に対しては、外国人の身分関係事項が一般には我が国に明確でなく、顔写真による特定とその同一人性の審査、確認にも限界があることから、これを補い外国人の特定とその同一人性の審査、確認に誤りなきを期するため、指紋の押なつをも併せ求めたもの(一四条)と解するのが相当である。

そうとすると、右のような目的で採用された指紋押なつ制度は、指紋が現在のところ最も客観的、科学的な資料であり、かつ、前記のように万人不同、終生不変という特性を有していることに鑑みれば、十分に合理的な理由を有するものである。また、外国人の特定とその同一人性の審査、確認に誤りなきを期し、外国人登録制度を維持する上で不可避的に生ずるであろう外国人の特定とその同一人性についての疑問に対しこれを客観的、最終的かつ絶対的に判断し得る態勢を国の制度として整えておくことは、外国人の公正な管理のために必要であつて、指紋はそのための最適の手段であり、今日外国人のいわゆる二重登録等の不正事犯がほとんどその例を見ないまでに至つているが、これは、弁護人の主張する社会情勢の変化やいわゆる切替登録制度の実施等を考慮に入れても、なお指紋押なつ制度の採用、実施とは無関係でないと考えられ、この制度の右不正事犯に対する一般的抑止効果の表れともみることができるのであつて、指紋押なつ制度の必要性もこれを肯認することができる。

確かに、指紋押なつ制度の採用によつて、我が国に一年以上在留する一四歳以上(本件当時)の外国人は、その承諾の有無にかかわらず指紋を押なつさせられることとなり、みだりに指紋をとられない前記の自由をその限りにおいて制約されることになるのであるが、しかし、右の自由は、その外国人が在留する我が国が指紋の採取、使用によつて達成しようとしている外国人の特定とその同一人性の審査、確認という前記の目的に比べれば、現時点ではこれに劣後せざるを得ないものと考えられるから、外国人としては、指紋の押なつ方法等が前記の目的に照らして相当な範囲内にある限り、これを受忍すべきである。

そこで、指紋の押なつ方法等についてみるに、本件当時、指紋の押なつは、我が国に一年以上在留し又は在留する予定の一四歳(現在は一六歳)以上の外国人が、いわゆる新規登録申請の際のほかその後の三年(現在は五年)に一回のいわゆる確認申請の際に、左手人差し指一指の指紋を、いわゆる回転指紋方式(現在はいわゆる平面指紋方式)により、登録原票、登録証明書及び指紋原紙二葉(現在は一葉)に各一回ずつ押して行うものとされており(本件当時施行の外国人登録法の指紋に関する政令二条、四条)、これを拒否した場合に刑罰は科せられるもののいわゆる直接強制を受けて指紋を採取されることはないものとされていた。そうとすると、右のような指紋押なつ制度の内容は、その押なつ義務年齢、押なつの周期、押なつすべき指、押なつの方法、押なつの個数、押なつを拒否した場合の措置等において、なお前記相当性の範囲内にあるものということができる。

弁護人は、右のような外国人の特定やその同一人性の審査、確認については、顔写真だけで十分であつて指紋まで用いる必要はない旨主張する。確かに、市区町村の外国人登録事務取扱担当者のこれまでの実務に徹すると、弁護人の右主張には傾聴すべきものがある。しかし、人の容貌は、年とともに変化するものであり、顔の整形や髪型等によつても変わるものであつて、一定不変のものではなく、また、顔写真による同一人性の審査には担当者の主観の入る余地が多分にあつて、最終的、絶対的に同一人性を確定する手段としてはふさわしくないのであり、こうした点に鑑みると、たとえ三年(現在は五年)ごとの確認申請の際に顔写真が提出されるとしても、これのみによつて外国人を特定し、その同一人性を審査、確認するのは完全でなく、顔写真は、客観的、科学的な審査方法たる指紋には遙かに及ばず、今直ちにこれを指紋に代替させることは困難というべきであつて、前記弁護人の主張にはにわかに賛成することができない。なお、弁護人は、現在運転免許証等は顔写真のみによつてその携帯者との同一人性が判断されている旨指適するが、右の同一人性の判断と外国人登録行政における同一人性の判断とでは、その目的を異にするものであつて、これをもつて前記結論に影響を及ぼすことはできない。

弁護人は、また、指紋押なつ制度を採用した真の目的は、在日韓国人・朝鮮人を警察的に取り締まろうとする治安目的にあつたのであり、そのために国が予めその指紋を一般的に収集しておこうとすることにあつたのであるから、この点からも指紋押なつ制度は違憲とされるべきである旨主張する。しかし、提出された資料等から果たしてそのように断定できるかは疑問であり、指紋の保管者が市区町村でありあるいは法務省であつて警察ではないことに徹しても、指紋押なつ制度採用の真の目的が在日韓国人・朝鮮人の警察的取締りにあつたとする弁護人の右見解には、にわかに賛成することができない(なお、最高裁判所は、外国人登録の申請をしなかつたという事案においてではあるが、外国人登録申請は、「外国人の居住関係及び身分関係を明確にし、もつて在留外国人の公正な管理に資することを目的とする手続であつて、刑事責任の追及を目的とする手続でないことはもとより、そのための資料収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもない。」と判示している(最高裁判所第一小法廷昭和五六年一一月二六日判決)。)。

(三) 以上のとおり、指紋押なつ制度には合理的な理由と必要性があり、国が本邦に在留する外国人に指紋押なつ義務を課すことによつて守ろうとする国家的利益は、現在のところ外国人の本邦において指紋を採取されない自由に比べこれに優越しているものと解され、また、指紋押なつ制度の内容も相当なものと認められ、しかも、現時点では指紋に代替し得る方法はないのであるから、結局、外国人に指紋押なつ義務を課した外登法一四条はやむを得ないものであつて憲法一三条の趣旨に違反せず、また、国際人権規約B規約七条にいう「品位を傷つける取扱い」にも当たらないというべきである。

(四) もつとも、以上の諸点をふまえたうえで、なお国が諸般の事情から外国人の特定とその同一人性の審査、確認につき指紋押なつ制度を採用しないものとし、例えば顔写真による方法で満足するとすることもまた自由であつて、可能ではあるが、しかし、それは専ら指紋押なつ制度採用の当否の問題であり、国の立法政策の問題であつて(外国人としては、自国の政府等に働きかけるなどして我が国の政策を変えさせることも可能である。)、本件で当裁判所が判断すべき指紋押なつ制度の採用が違憲かどうかの問題とは次元を異にするものである。指紋押なつ制度を採用したからといつて直ちに憲法一三条に違反するとまではいえない。

二憲法一四条、国際人権規約B規約二六条に違反するとの主張について

1  弁護人の主張

日本国民は、戸籍法や住民基本台帳法による身分関係や居住関係の届出の際に指紋押なつ義務を課せられておらず、また、外国人の場合のいわゆる確認申請に相当するものもない。しかるに、外国人は、各種申請のたびに指紋の押なつ義務を課せられ、死ぬまで繰り返し指紋をとられるのであつて、これは明かに外国人を日本国民と比べて不当に差別するものであり、憲法一四条及び国際人権規約B規約二六条に違反する。とりわけ被告人のように日本で生まれ育つた在日韓国人・朝鮮人に対して指紋押なつ義務を課すのは、明かに憲法違反である。

2  当裁判所の判断

(一) 確かに、現在日本国民は戸籍法や住民基本台帳法による届出の際に指紋押なつ義務を課せられておらず、したがつて、その限りにおいて、外国人は我が国の国民と区別され、不利な取扱いを受けていることは否定できない。

しかし、そもそも、我が国の構成員たる日本国民とその構成員でない外国人との間には、いかに今日国際交流が盛んになつたとはいえ、基本的、決定的な違いがあるのであり、抽象的には、前記のとおり、外国人は我が国の管理を受ける立場にある者であり、日本国民はその外国人を管理する我が国の構成員たる立場にあるものである。更に、前記のとおり、外国人に対して指紋押なつ義務を課すことに合理的な理由と必要性があること等に徹すると、たとえその結果外国人が日本国民に比べて不利な取扱いを受けることになつたとしても、それはもはややむを得ないものであつて、到底憲法一四条に違反するとはいえず、また、国際人権規約B規約二六条に抵触するものともいえない。戸籍法や住民基本台帳法と外登法とでは、その立法趣旨・目的を大きく異にするものであつて、両者の取扱いの違いは前記結論を左右するものではない。

(二) 弁護人は、外国人のうちでもいわゆる定住外国人とりわけ被告人のように日本で生まれ育つた在日韓国人・朝鮮人については、その歴史的背景に鑑みても、また、同人らが日本を生活の本拠とし、今や日本社会の構成員として日本人と全く変わりない生活を送つていることに鑑みても、日本人と同様に取り扱うべきであり、指紋押なつ義務を課すことは憲法上許されないものである旨主張する。

確かに、弁護人主張のような歴史的背景があつて今日多くの韓国人・朝鮮人が我が国に在留することは事実であり、また、その多くが日本で生まれ育つたいわゆる二世、三世であり、日本を生活の本拠とし、我が国への密着度も強いことは弁護人主張のとおりであるが、しかし、そのことから直ちにそのような外国人に対して指紋押なつ義務を課すことが憲法上許されないとまで結論づけてよいかは疑問である。そのような外国人もまた帰化のない以上は外国人であり、その特定及び同一人性の審査、確認の対象とならざるを得ないものであること等に徹すると、そのような外国人を日本国民と同様に取り扱わないものとし、指紋押なつ義務を課すものとしても、憲法一四条に違反するとまではいえず、実際に指紋押なつ義務を課すか否かは専ら立法政策の問題であるというべきである。

三憲法三一条に違反するとの主張について

1  弁護人の主張

指紋は、後述のとおり実務上同一人性確認のために使用されていないのであるから、指紋の押なつを拒否した者に対して刑罰をもつて臨む実質的必要性はなく、また、本件当時、指紋押なつ拒否者に対する刑罰は「一年以下の懲役若しくは禁錮又は三万円以下の罰金」であつて、これは、戸籍法違反や住民基本台帳法違反の場合の制裁が過料であることに比べると著しく重いものであり、更に、出入国管理及び難民認定法二四条は、外国人登録に関する法令に違反して禁錮以上の刑に処せられた者(但し、執行猶予の言渡しを受けた者を除く。)に対して退去強制ができる旨を規定しており、以上の点から考えると、指紋押なつ義務を定めた外登法一四条は憲法三一条に違反し、無効である。

2  当裁判所の判断

確かに、本件当時、外登法一八条は、指紋押なつを拒否した者に対して、「一年以下の懲役若しくは禁錮又は三万円以下の罰金に処し」、又は「懲役又は禁錮及び罰金を併科することができる」旨を規定しており、また、出入国管理及び難民認定法二四条は、外国人登録に関する法令の規定に違反して禁錮以上の刑に処せられた者(但し、執行猶予の言渡しを受けた者を除く。)に対し、退去を強制することができる旨を規定している。

しかし、外国人に指紋押なつ義務を課した目的が、前記のとおり、本邦に在留する外国人を特定し、その後の確認申請等に際してその同一人性を誤りなく審査、確認することにあることを考慮すると、この重要な目的を遂行するために設けられた指紋押なつ制度を根本的に否定する指紋押なつ拒否者に対して、前示のような刑罰をもつて臨むことはやむを得ないところであつて、これが憲法三一条に違反するとは到底いえないものである。弁護人は、戸籍法違反及び住民基本台帳法違反の場合の制裁との比較をいうが、右は、前記のとおり、外登法とはその立法趣旨・目的を異にするものである。

四押なつされた指紋の取扱いが制度の趣旨・目的に反しており、指紋押なつ制度は違憲であるとの主張について

1  弁護人の主張

検察官は、指紋押なつ制度は外国人の同一人性を審査、確認するために必要である旨主張するが、市区町村の窓口ではその保管にかかる登録原票上の指紋を同一人性確認のために使用しておらず、また、その能力もなく、専ら写真や担当者が当該申請者をよく知つているということによつて同一人性を確認しており、法務省の配布した「外国人登録事務取扱要領」にも指紋によつて同一人性を確認すべきことは明記されていないのである。法務省自身もまたその保管にかかる指紋原紙に押なつされた指紋によつて同一人性を確認するという作業を行つておらず、また、その人的配置すらなく、更に、昭和四九年八月からは市区町村よりの指紋原紙の送付を省略させていたのであり、法務省は、既に指紋押なつ制度の実施を事実上廃止していたのである。加えて、押なつされた指紋は、その不使用にとどまらず、却つて警察の犯罪捜査(特に在日韓国人・朝鮮人の動向調査)のために提供され、使用されているのが実情であり、実態であつて、指紋はまさに警察のために採取されているのであり、制度本来の趣旨・目的から大きく逸脱している。指紋押なつ制度はこれを維持する必要性がなく、違憲である。

2  当裁判所の判断

前示のとおり、本件当時、一年以上本邦に在留する一四歳以上の外国人は、新規登録申請や確認申請等に際して登録原票、登録証明書及び指紋原紙二葉に指紋を押なつするものとされており、右指紋原紙二葉のうち一葉は法務省に送付されて、法務省において右指紋原紙に押なつされた指紋と前回送付された指紋原紙に押なつされた指紋とを対比照合し、その同一人性を審査、確認するものとされていた。

ところで、前掲証拠のほか第一六回公判調書中証人亀井靖嘉の供述部分等関係証拠等によれば、確かに、市区町村の外国人登録事務担当者において、確認申請等があつた際に、新たに押なつされた指紋と既に登録原票に押なつされている指紋とを見比べてその同一人性を調査するという作業を行つておらず、写真や自己が当該申請者をよく知つているという個人的知識によつて同一人性を確認している市区町村の多いことが窺われ、また、法務省においても、昭和四五年以降は市区町村から送付された指紋原紙に押なつされた指紋についての換値分類作業を中止し、昭和四九年八月から昭和五七年九月までは、その通達(法務省管登第三三六一号)により、既に指紋を押なつしたことがある者についてはその後の指紋押なつの際に指紋原紙二葉への指紋の押なつを省略するものとし、これに伴つて市区町村からの法務省への指紋原紙の送付もなくなり、この間は法務省においても指紋の照合による同一人性の審査確認作業を事実上停止していたと認められる。他方、市区町村においては、刑事訴訟法一九七条二項による捜査機関からの登録原票の閲覧や写しの交付申請に対してこれに応じ、あるいはその照会に対して登録原票の写しを送付して回答していることが認められる。

しかし、法務省入国管理局長作成の「外国人登録法上の指紋押なつ制度について」と題する書面(写)等によれば、そもそも外登法は、確認申請等があつた際にはその同一人性を審査するよう市区町村長に義務づけていると解されるのであり、法務省も写真等のほかに指紋によつてもこれを行うよう指導しており(本件後の昭和六〇年五月一四日付け法務省管登第八七六号通達は、このことを明記している。なお、弁護人は、市区町村の窓口における同一人性の確認は、担当者が当該申請者をよく知つていることによつてなされるのが最もよい方法である旨強調するが、制度としてそのような担当者の個人的知識によることは、担当者が交替すること等を考えれば、妥当でないこと明かである。)、しかも、鮮明な指紋による同一人性の審査は、専門的知識技術を持たない者であつても必ずしも不可能ではないと認められ、そうとすれば、市区町村の窓口担当者が指紋によつて同一人性を審査していないという不作為を肯定的にとらえてこれを過大視するのは妥当でなく、更に、法務省においても昭和五七年一〇月以降は指紋原紙による同一人性の審査確認作業を再開しており(なお、法務省における同一人性の審査確認作業が、全外国人についていちいち新旧の各指紋を照合することまで要求しているとみるかは、一個の問題である。)、これらによると、法務省が指紋によつて外国人の同一人性を審査、確認するという従来からの基本方針を放棄、変更したものとは認められないのである。

他方、捜査機関からの登録原票の写しの交付申請や照会に対しても、個別的具体的に外国人を特定してなされた場合に限つて応じることとされており、しかもその場合であつても、原則として(密入国事犯等を除いて)、指紋部分の写しの交付ないし送付には応じないものとされており、市区町村で保管する登録原票に押なつされた指紋が一般的な形で捜査機関に提供されることとなつているわけではない。また、市区町村に対する照会が、捜査機関からだけあるというわけでもない。

以上の諸点を考慮すると、押なつされた指紋の取扱いから指紋押なつ制度の違憲性を結論づける前記弁護人の主張は性急に過ぎ、にわかに賛成することができない(なお、市区町村としては、その保管に係る外国人の指紋の取扱いについては、制度の趣旨に悖ることのないよう十分に注意すべきである。)。

五登録原票に対する指紋の不押なつについて

弁護人は、「被告人は、判示川崎区役所田島支所において、窓口係員から登録原票への指紋の押なつは求められていないのであるから、これについての指紋押なつ拒否罪は成立しない。」旨主張する。

しかし、第四回公判調書中の証人加藤雅一の供述部分によれば、前記田島支所の係員であつた同人は、本件当時、被告人に対して登録原票及び登録証明書を提示してこれらの指紋の押なつを求めており、被告人はこれを拒否していることが認められるから、この点に関する弁護人の右主張は採用することができない。

六以上のとおりであつて、結局弁護人の主張は全部採用することができない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田敏章)

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